当時の奈良の靴下工場には、まだ九州からの集団就職で来る人も大勢いて、大きな靴下工場にはその為の寮が有りました。
労働条件も厳しく、休みは週に1日あるかないかで、工場は24時間稼働でも2交代が当たり前でした。
東京で夜中まで遊んでいた生活から、朝寮を出てから朝、昼、晩の3食を工場の社長宅で食べて、それ以外は仕事と言う生活に一変してしまいました。
当時は痩せていましたが、体力だけには自信があり重たいダスリーの糸ケースを何度も運び喜ばれていましたが、編機について教えて頂いて方の奈良弁が何を言っているのかわからなくて理解できない事が多くあったのですが、悪くて聞き直す事もできなくて困っていました。
その当時の年配の方の奈良弁は日本語じゃない様に聞こえたのです。(大袈裟ではないです。)
それが理由という訳ではないのですが、編み機については覚えが悪く、一緒に入社した奈良県吉野山出身の同僚よりも夜勤を任せてもらう迄にかなり時間が掛かってしまいました。
その当時唯一楽しみだったのは、休みの日に当時奈良県で、非常にカッコ良く見られた横浜ナンバーのマイカーで、信貴生駒スカイラインへ行く事でした。!
つづく、、、
横浜の○○息子は、写真の新車を奈良で廃車に!
今日は、本社での会議でした。
いつもは、物流から何名か参加するのですが、今月は忙しくて来られないとの連絡で本社スタッフだけで行いました。
今月は、注文点数が非常に多く物流のパートさん達は、土曜、日曜も出勤と平日は残業までして対応してくれているので、本当に感謝です。
納品が落ち着いたら何かお礼したいと思います。


横浜本社へ戻ったので、調子にのって三笠の歴史のつづきを書きます。
昭和51年に現在本社のある港南区日野南3丁目2ー71号へ移転したのですが、長年印刷工場として使われていたので、平屋建てのボロボロの建物でした。
この頃で、三笠のスタッフはパートさんを含んで10名程度で売上げは2億くらいだったと思います。
靴下とは関係ないので、弊社のホームページには書いていませんが、昭和54年頃に有限会社みかさを立ち上げて、港南台駅から徒歩5分くらいの場所にある212(ツーワンツー)ビル1階で和食みかさというお店を出していました。(7〜8年営業の後に閉店)
私が、高校生の時には、ここで出前や板前さんの手伝いをたまにやっていたんです。
高校の時は、直ぐにバイクの免許を取得して、朝から近所の読売新聞笹下販売所で、新聞配達のアルバイトそして昼は学校へ行き夜は関内駅前のセンタービル最上階に「カウベル」というライブのお店がありそこでウエーターをやっていました。
高校の3年間と専門学校へ通っていた時は、良く働き良く遊んだ時期でした。
あまりに遊び過ぎて、先代からそろそろ真面目に靴下を勉強しろと、奈良県大和高田市にあった「タケムラ靴下」さんへ編み立ての勉強へ行く事になってしまいました。
つづく、、、
この写真の場所が、私が2年修行したタケムラ靴下さんだった所で、現在は、梅田メリヤスさんと三山(糸屋さん)の事務所と配送所になっています。

昨日の続き、、、
私が、小学校の低学年までは、自宅兼事務所にて営業していましたが、事業の拡大により磯子区中原にある下の写真のビル1Fに引越しをしました。(現在のグーグルマップの写真)
この頃は、忠実屋さん・かながわ生協さんをメインに近郊のスーパーさんに靴下を納入していました。
週末には、伊勢佐木町の松坂屋さん他での店頭に出店し靴下の販売をしてていました。
私も良く一緒に行って靴下の販売をし販売が終わると、夜には家族で中華街へ行き食事するのが楽しみでした。
夏休み等には、当時の三笠ソックス営業マンの車で一緒に忠実屋さんの店舗を回ったりしていました。(こんな事もOKな時代でしたね。)
その後は、私が中学校の頃に、現在の本社がある港南区日野南にあった印刷工場跡地を購入して移転をしました。
この印刷工場跡地は、近くに大船に松竹の撮影所があったので、映画の「男はつらいよ」のフーテンの寅さんに出てくる寅さんの幼馴染・タコ社長が経営する印刷工場のロケで使われていたそうです。
つづく、、、
今日は午後の羽田発なので、これから上海出張へ行ってきます。

10月の売上げ入力もほぼ完了したみたいなので、集計してみたら昨年を大きく下回る86.4%これは厳しい!
ずっと調子良く推移していたのに、これは消費税の影響なのでしょうか?
かと言って、9月に特需と思う様な動きも無かったのに〜
それとも、暖かいというか、暑かった10月その影響で、冬物の動きが非常に悪いのが原因なのでしょうかね?
1月〜10月までの実績では、9月までの貯金を使い昨年比104.3%という数字なので、残りあと2カ月ですが、なんとか目標の105%を
超えられる様に頑張りたいと思います。
今日の写真は、三笠西日本営業所の検針工程です。
全ての商品を、Wヘッドのハシマの検針器にて検針を確実に行っています。
昨日の振替休日は、天気がよかったので、近場の逗子にある「なぎさ橋カフェ」に車を停めて1時間半くらいジョギングを行ってから、
車で着替えてモーニングセットを食べてきました。
飲食すれば、なんと駐車場3時間無料なので、この辺のコインパーキングの料金を考えるとメチャメチャお得なのでオススメです。
逗子の海岸沿いをを散歩するのも良いのでは?

あまり弊社のスタッフも知らないので、なぜ靴下の三笠という会社を設立したのか?という事を書いてみます。
私の母親が、靴下の街で有名な奈良県の広陵町の疋相という所の靴下工場の末っ子として生まれ育ちました。
母は、地元の高田高校を卒業した後に上京して、父と結婚し実家の靴下工場からの融資を得て横浜(現在の私の自宅)にて靴下の卸売を開始しました。
それがなんと私の生まれた昭和37年なんです。
父は、東京で政治家付の運転手をしていたので、運転が得意で車も持っていたらしく、当時奈良で靴下を買って車に積んで帰ると飛ぶ様に売れたと聞いていました。
お陰様で、私は小学校の頃までとても大変裕福な家庭で、なに不自由なく育ってしまいました。
一気に書くと長くなるので・・・
せっかくブログサイトも弊社のホームページになったので、私の記憶のある三笠の歴史をまた書きたいと思います。
つづく、、、
明日から中国出張に行ってきます。
中国国際輸入博覧会以外に急遽、工場2件へも行く事になったので予定はびっしりです。
中国就労ビザの更新も近づいているので、最近はあまり中国にいる時間が少ないので、手続きの予約を上手く行って年内に完了しなくてはなりません。
上海スタッフと相談して期限内に必ず完了させなくてはなりません。
わざわざビザ更新の為に行かなければならないなんて事がない様にしないと、、、
でも、最近は、中国人の日本行きビザの更新は緩和されているのに、日本人の中国就労ビザは本当に大変なんです。
点数制になっていて、ある基準に満たないと更新は許されません。
その基準に対して自己採点をしましたが、全然基準点数を満たしていませんでしたが、一応 ABCと3ランクの中のBランクになっています。
その内容の記事を見たい方は→ここをクリック!
おそらく、私の場合は中国に出資している会社のオーナーなので、更新がすんなりと出来るのだと思います。

11月6日〜10日に上海の虹橋にある国家展覧中心で行われる「第2回中国国際輸入博覧会」へ行く予定です。
習近平国家主席の指示で始まった中国の国家プロジェクトで、上海市政府も力を入れて取り組んでいる一大イベントなので、警備も厳しく事前の登録が無いと入場も出来ません。
昨年は、事前登録していなかったのですが、中国の事だからなんとかなるだろうと会場へ行きましたが、あまりの警備の厳しさに近づく事すら出来ませんでした。
しかも、習近平さんが来るとの事で、道路は綺麗・会場の周辺は綺麗そして運河には、ゴミ一つ浮かんでいませんでした。
一年前の記事→ここをクリック!
昨日上海事務所より、社長〜今年は大丈夫ですよ〜と、(下の写真)入館証が届きましたと連絡がありました。
昨日は、弊社の「TSUBOレシピ」シリーズの新商品についての打ち合わせを、デザイナーさんを交えて行いました。
試し履き等を行って、洗濯をしての結果、工場への改良点内容やパッケージデザインについても絞り込んで、販売什器についても相談しました。
かなり完成度の高い商品が出来そうなので、私も楽しみにしています。
既に、繊研新聞さん等でも紹介されているので、年明けの販売へ向け頑張りたいと思います。

この動画は、横編機の10Gで5本指の指先だけを編んで、丸編機のK式120本にピッタリと繋ぎ合わせる大変手間の掛かる作業です。
中国の若い女性行員さんが、1人で2台〜3台の丸編機を受け持って、編み上がったら直ぐに次から次へと120の編目に綺麗に差し込んで生産しています。
この動画を撮影したのは、2010年くらいの時なので、それから約10年が経ち、人件費はかなり高騰してこういう大変な作業をやる若者の人材不足も深刻なんです。
それでも、5本指靴下の売価はあまり変わる事なく、現在でも日本での売価は3足1,000円程度なので、値打ちのある5本指靴下だと思います。
自社のホームページにブログを引っ越ししたので、なるべく靴下に関する話題でブログを書く様にしようと努力していますが、内容的には非常に面白くなくなってしまう可能性が高いと思います。
まあ、ブログを弊社ホームページへ統合した事で、アクセスは3倍以上に増え、多少費用は掛かりましたが、結果的には成果が出て良かったと思っています。
今後も、皆様にご覧いただける様に、ブログネタを考えながら投稿を続けて行きたいと思いますので、よろしくお願い致します。

今日は、弊社のシリーズ商品を紹介させていただきます。
写真の『絹のおもてなしシリーズ』が、徐々に売れ始めています。
ちょっと値段が高いと思われるかもしれませんが、このシリーズは全て良質の絹防糸を使っています。
肌触りが良く、吸湿・保温性に優れた絹糸です。
絹糸の違いについて紹介させていただきます。
蚕がつくる繭から取れる絹糸は、大きく分けると、生糸(きいと)・絹紡糸(けんぼうし)・紬糸(ちゅうし)の3種類あります。
靴下では、生糸を使う事は無く、絹紡糸(けんぼうし)・絹紬糸(けんちゅうし)の2種類で、価格重視の商品は、絹紬糸が使用されています。
絹紡糸は、生糸を繭から取り出した後に残る残り糸や質のよい生糸が作れない繭を紡績(つむぐ)して作られた絹糸です。紡績を通して作られるので、短繊維がお互いに重なり合い、細長く糸状に整えられた綺麗な絹糸です。生糸と比べると熱にも強い絹糸です
絹紬糸は、絹紡糸に使われた絹繊維の中から不要な絹糸と取り出したものや、繭くずから作られた絹糸です。
どうしてもくずが混じりますので見た目は悪くなりますが、その分糸の価格は安くなります。
下の写真をご覧頂けば、違いが分かると思います。
昨日は、ジョギングで八景島シーパラダイス周辺を走ったのですが、台風15号そして19号の爪痕が、まだまだ残っていて、いつも走っていた海沿いの遊歩道は立ち入り禁止状態!
覗き込むと瓦礫の山で、復旧にはまだまだ時間が掛かりそうな感じでした。
身近にこんなところもあるには驚きます。
被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

この動画は、弊社の奈良工場に3台あるイタリアロナティ社製最新型丸編機のダブルシリンダーリンクスジャガード編機です。
昔の編機に比べて、ヌキ➡︎裏返し➡︎つま先縫い➡︎表返しの4行程を削減しました。
更につま先部分の縫い代が無く、平で真っ直ぐな縫い目なので、履き心地も良くなるんです。
2月にこの編機を設置して、サンプルを作成を幾度も行い私自身が、履きたくなる靴下を完成させる予定!
自信を持ってお勧めの出来る紳士靴下が、やっとなんとか形になりつつあるので、来春の展示会には発表できる様に進めたいと思います。
昨日は、大阪の綿業会館にて、第38回日本靴下協会情報交換会に出席させて頂きました。
大手各社さんの販売近況報告を興味深く聞いていたら、いきなり私が指名をされ弊社の近況を皆様の前で発表する事になりました。
次回からは、指名された時のために内容を考えておこうと思います。
そして、11月11日の靴下の日のキャンペーンについての報告や、弊社も加盟する奈良県靴下工業組合からは、靴下ソムリエ検定試験についての報告や運営のやり方についての注意を聞きました。
靴下の日キャンペーンの内容については下の写真の様に赤い靴下をテーマにした投稿をお待ちしています。
ご投稿よろしくお願いいたします。

11月11日靴下の日まであとひと月になりました。
弊社が加盟する日本靴下協会が、中心となって各地でイベントも行われる事になっています。
私も早速 Instagramの kutsushitanohi_1111 をフォローさせて頂きました。
テーマは「赤い靴下」です。
赤い靴下のインスタ映えしている写真の投稿をよろしくお願いいたします。
⬇️繊研新聞さんの記事をアップさせていただきます。⬇️(写真をクリックすると昨年のイベントの様子をご覧頂けます)
今日は、午前中に来客があり強力な抗菌剤について靴下に使用した時のこれまでにない効果について説明をして頂きました。
かなり強力の効果があり人体に影響が無いのは分かりましたが、実際にサンプルアップをして試し履きをしてみないと何とも
判断が出来ないので、なるべく早めに糸商さんと相談してサンプル糸を作成して貰えないを聞いてみたいと思います。
この商談終了後に営業スタッフと、同行し東京の四ツ谷のお取引先様へ商談に、、、
慌てて本社を出たら、駅に着いて電車に乗ろうとしたら、携帯電話を充電していて忘れた事に気づいて慌てて戻りました。
携帯を持って再度本社を出発!すると今度は名刺入れと手帳を忘れて再び戻るというお恥ずかしいトラブルを起こしてしまい
ましたが、幸い商談時間には、問題なく到着したので、とりあえずはホッとしました。
